本年9月博士号を取得した樫田俊一さんら(遺伝子動態学)の研究論文が、英国科学雑誌「Nucleic Acids Research」の表紙を飾り、同誌のTop5%に位置づけられるFeatured Articleとして掲載されました。

論文タイトル:Three-dimensionally designed protein-responsive RNA devices for cell signaling regulation
著者:Shunnichi Kashida, Tan Inoue*, and Hirohide Saito* 
(樫田俊一、井上丹*、齊藤博英*) 
* equal corresponding author

遺伝子動態学

3D分子モデルを用いたRNA-たんぱく質相互作用の分子設計により、ヒト培養細胞内のさまざまな状態に応じてRNA干渉 (RNAi)の効果を制御できる「RNAスイッチ」を開発することに成功しました。このデザイン法により、特定のたんぱく質に応答するRNAスイッチの細胞内での機能を予測、最適化できます。今後、標的とする細胞の運命を細胞内状態に応じて制御する技術や、特定の細胞に分化した細胞だけを効率よく選別する技術などへの応用が期待できます。

本研究成果は、掲載論文のTop 5% のクオリティーをもつFeatured Articlesとして2012年10月に英国科学雑誌「Nucleic Acids Research」に掲載され、また同紙の表紙に取り上げられています。
 

内容

これまでの我々のグループの研究から、ショートヘアピンRNA(shRNA)を改変することで、特定のたんぱく質を発現したターゲット細胞の生死を制御することができる「RNAスイッチシステム」の開発に成功していました(Saito H., et al. Nat. commun. 2:160, 2011)。

このスイッチシステムは、特定のたんぱく質が細胞内で生産されるのに応答して、標的の遺伝子の発現を制御することができますが、その作動原理を明らかにすることと、ヒトに由来する様々なたんぱく質に応答するシステムに拡張することが医学・生物学への応用に向けての課題でした。

shRNAはDicerというRNA切断酵素によって二重鎖部位とループ部位に切断されることで標的の遺伝子の発現を抑制するRNA干渉(RNAi)という現象を起こします。特定のたんぱく質が、このshRNAスイッチのループ部位に結合することでDicerによる切断を阻害できます。実際にRNAやたんぱく質が予測される機能を発現するか否かは、このスイッチのナノレベルの立体的な“かたち”によって決定されていると考えられます。

そこで、本研究では、まず3D分子モデルソフトを用いてこのshRNAスイッチとDicerの立体構造および、切断時の位置関係をコンピュータ上で再現することを試みました(図1)

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図1: たんぱく質応答型shRNAスイッチのDicer切断立体阻害

入力たんぱく質が存在しない条件では,Dicer(灰色)が従来のshRNAと同様にshRNAスイッチに接近することができ,shRNAのDicer切断部位(赤丸,青丸)を切断し,標的たんぱく質に対するRNAiが起こる.一方入力たんぱく質が存在する場合,入力たんぱく質(ピンク)がRNAモチーフ(黄色)に結合してDicerと立体障害を起こすようにデザインできる.このため,shRNAスイッチのDicer切断部位への接近が妨げられ,Dicer切断が阻害されることでRNAiが起こらず,標的たんぱく質の発現が維持される.

 

さらには、このshRNAの二重鎖部位の長さを変更することで、ループに結合するたんぱく質がDicerと衝突する方向に近接するように調節することができると考えました。(図2)

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図2. shRNAスイッチの二重鎖長の違いに伴う,ループ部位に結合するたんぱく質の位置の変化

たんぱく質応答型shRNAスイッチA,Bはたんぱく質が結合できるループ部位と各24塩基対(bp),21塩基対の二重鎖RNAを結合して設計される(左).この二つのshRNAスイッチをDicer切断部位(赤丸,青丸)を基準にして,結合しているたんぱく質(ピンク)の位置を比較すると,スイッチAのたんぱく質は,Bのたんぱく質と比べて,約7.8ÅDicer切断部位から離れ,約90° 反時計回りに回転した位置にずれていることが分かる.

 

具体的には、二重鎖の長さを21塩基対(bp)から28bpまで変更したshRNAスイッチの3Dモデルを作成し、Dicerと立体的に衝突する度合いをコンピュータ上で予測しました(図3上)。さらにこの設計をもとに、ヒト細胞で作られているたんぱく質である、U1Aの生産に応答するshRNAスイッチ細胞内に導入したところ、コンピュータ上でDicerと立体障害を起こして“スイッチとして働く”と予想されたスイッチ(U1A1-sh 25、図3右上)が、細胞内でU1Aの生産に応答してRNAiの働きを、実際に抑制できることがわかりました。即ち、U1A1-sh 25を用いた場合、標的遺伝子であるEGFPのRNAiによる抑制が解除されました(図3右下)。逆に、適切なスイッチにならないと予想されたU1A1-sh 22では、期待通りRNAiの抑制効果は働きませんでした(U1A1-sh 22、図3左上下)。さらに、この3D分子デザイン法の汎用性を確かめるため、種々のがん細胞で高発現していると考えられるNF-kBのp50ドメインに結合するRNAアプタマーをshRNAに組み込んだところ、期待通り細胞内でのp50の発現に応じてRNAiの効果を制御できることがわかりました。

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図3. 3D分子モデルによるDicerとshRNAスイッチにつくたんぱく質との立体障害予想と細胞内でのshRNAスイッチの機能評価

U1A応答型shRNAスイッチU1A1-sh 22,U1A1-sh 25はU1Aが結合できるループ部位と各22bp,25bpの二重鎖RNAを結合して3D設計される。この図からU1A1-sh 22に結合するU1AはDicerと反対側に位置し、立体障害を起こさないことが予想され、スイッチにならないと考えられる。一方U1A1-sh 25に結合するU1AはDicerと3Dモデル上で重なり合っており、Dicerと立体障害を起こすことが予想されることから、DicerはU1Aが結合したU1A1-sh 25を切断できないと考えられる(上)。U1Aが生産されている細胞内にこのU1A1-sh 21,U1A1-sh 25とEGFPの遺伝子を導入したところ、スイッチにならないと予想したU1A1-sh 22はEGFP遺伝子に対するRNAiを起こしEGFPの発現を抑制している一方で、スイッチになると予想したU1A1-sh 25はEGFPに対するRNAiを阻害し、EGFPの蛍光が維持されている。

 

本研究成果により、shRNAスイッチとDicerの3D分子モデルを用いた設計原理をもとに、たんぱく質のRNAに結合する位置・配向を最適化することで、効率の高いたんぱく質応答型shRNAスイッチを構築できることが示されました。遺伝子発現スイッチの作動原理に基づき、3D分子設計を用いてスイッチを設計し、スイッチの効率を最適化した研究は本研究が初めての例です。今後のバイオテクノロジー研究に役立つ「立体構造をもとにした遺伝子回路設計」という新しい概念に基づく手法を導入する事に成功しました。今後,この手法により多様なたんぱく質に応答するshRNAスイッチが開発され,医療や生物学研究のツールとして、また汎用なシステムとして拡張されていくことが期待されます。

この研究は、京都大学大学院生命科学研究科、京都大学iPS細胞研究所、京都大学白眉センター、JST ICORP RNAシンセティックバイオロジープロジェクト、NEDO若手研究グラントとの連携の元で実施されました。

 

用語解説

RNA干渉(RNAi)

細胞内で形成される二本鎖RNAにより、任意の遺伝子の発現を抑制する手法であり、発見者であるアンドリュー・ファイアーとクレイグ・メローはRNAi発見の功績より2006年のノーベル生理学・医学賞を受賞した。最近では、RNAiを医薬品に応用する研究が進んでいる。

RNAスイッチ

本研究では、RNAiを誘導するshRNAで生じるRNAとたんぱく質の相互作用を利用して、細胞内で目的のたんぱく質が発現しているときのみ、 RNAiの機構を働かなくさせる仕組みを利用する。すなわち、目的たんぱく質Aが発現しない時は、RNAiの機構が働くのでターゲットmRNAが切断さ れ、そのmRNAからのたんぱく質合成Bはオフになるが、目的たんぱく質Aが発現すると、RNAiの機構が阻害され、ターゲットmRNAが切断されなくなるため、たんぱく質Bの合成は進行する。

シンセティックバイオロジー(合成生物学)

生体分子や生命システムを「創る」ことで生命を理解し、新しいテクノロジーを誘発することを目指す学問分野。産業、エネルギー問題解決に向けて既 存の生命システムに人工遺伝子回路を組み込み、生物のシグナル伝達経路を制御する研究や、遺伝子や生命システムそのものを設計・合成し、細胞の構築原理の 解明に取り組む研究などが国内外で進められている。

 

関連リンク

論文は以下に掲載されております。http://nar.oxfordjournals.org/content/40/18/9369.full
表紙 http://nar.oxfordjournals.org/content/40/18.cover-expansion