神経発生学分野の福光甘斎さん(博士後期課程)らの研究成果が、科学雑誌「The Journal of Neuroscience」に掲載されました。

発達中の脳で神経細胞内のエネルギーを維持するしくみを解明

神経発生学

要旨

 神経発生学分野の福光甘斎さん(博士後期課程)、見学美根子教授らは、脳神経回路を形成する過程で急速に発達する神経細胞の隅々までエネルギーが供給されるメカニズムを明らかにしました。
 細胞は、糖を分解する過程で作られるATPというエネルギー分子を用いて様々な代謝反応を推進します。神経細胞は複雑に分岐した突起を連結して神経回路を形成し、その活動に多くのATPを消費しますが、神経細胞の樹状に展開する突起全長にATPが供給されるメカニズムは十分に明らかになっておらず、特に脳発達の過程で急激に容積と複雑性が拡大する神経細胞全体にATPが供給される機構については全く明らかでありませんでした。
 研究グループは、小脳プルキンエ細胞という大型のニューロンの発生過程において、ミトコンドリアが突起内に運搬されATPを現地生産することが、突起の成長に不可欠であることを証明しました。また突起内でのATPレベルの維持にはミトコンドリアの酸素呼吸とクレアチンシャトルの連動が必要で、解糖系の寄与は小さいことを明らかにしました。さらに発達中の神経細胞突起では主に細胞運動を制御するアクチン代謝がATPを消費し、ATP枯渇条件ではアクチン代謝が減速して突起成長が抑えられることを証明しました。本研究成果は神経細胞のエネルギー戦略の一端を明らかにしたもので、虚血による神経細胞のダメージやミトコンドリア変性を伴う神経変性疾患の病態解明や治療法の開発につながる可能性があります。
 本成果は、米国の科学雑誌「The Journal of Neuroscience」(4月8日付)に掲載されます。

研究の背景

 脳の神経細胞は長く分岐した突起を伸ばし、それらが他の神経細胞の突起と結合して複雑で精緻な神経回路を形成します。神経回路の機能には多くのエネルギーを必要とし、神経細胞は血中で運ばれる糖から酸素呼吸によって盛んにATPというエネルギー分子を産生します。脳梗塞や心停止などで虚血が起こり、酸素と糖が十分に送られなくなると神経細胞がいち早くダメージを受けることが知られています。
 神経細胞のATPエネルギーは主にミトコンドリアという細胞内小器官で行われる酸素呼吸という化学反応で作られます(図1)。先天的なミトコンドリアの機能障害は重篤な神経障害を伴い、またアルツハイマー病などの神経変性疾患の一部もミトコンドリアの機能障害が症状の進行に関わることが知られています。神経細胞は複雑に枝分かれした突起をもつため細胞の容積が大きく、細胞内で分子の拡散が起こりにくい特徴をもっています(図1)。特に脳の発達過程では突起がどんどん複雑性を増しながら成長していきますが、その過程で必要とされるエネルギーを賄うために神経細胞がどのようなエネルギー戦略をとるのかについては、これまでにほとんど分かっていませんでした。

研究内容と成果

 プルキンエ細胞という小脳の神経細胞は複雑に分岐した神経突起をもちます。研究グループはプルキンエ細胞をガラス皿上で培養し、突起が徐々に枝分かれしながら成長していく過程を顕微鏡下で連続撮影して観察する実験系を作成しました。ミトコンドリアに局在する分子と緑色蛍光蛋白質GFPを繋いだ人工分子を細胞に導入してミトコンドリアの挙動を観察すると、成長していく突起に盛んにミトコンドリアが運搬され、突起全長に分布する様子が観察されました(図2A)。ミトコンドリアの運搬を阻害する分子を導入して突起に分布させなくすると、細胞の中心でミトコンドリアが機能していても突起形成不全が引き起こされることを見出しました (図2B)。このことは、ミトコンドリアが突起の局所でエネルギーを産生することが突起発達に必要であることを示しています。ATP合成にはミトコンドリアの酸素呼吸のほか解糖系という反応も寄与しますが、プルキンエ細胞では解糖系の寄与は小さく、その代りミトコンドリアで合成されたATPをより遠くへ運ぶクレアチンシャトルという機構が重要であることも明らかになりました。
 次にミトコンドリアの酸素呼吸とクレアチンシャトルで突起末端まで運ばれたATPがどのように消費されるかを検証しました。ATPの高エネルギーリン酸結合は、生体機能を支える様々な蛋白質のリン酸化反応を制御します。研究グループは、突起の成長に必要なアクチンという細胞の動きを制御する繊維状の蛋白質に注目しました。アクチンはたくさんの球状の蛋白質分子が重合して繊維構造を作りますが、この重合・脱重合の両方にATPが必要であることがわかっています。本研究により、樹状突起ミトコンドリアの減少またはクレアチンシャトルの阻害条件下では、アクチン代謝を制御するコフィリン分子の脱リン酸化が進み、突起末端でアクチン代謝が減速していることを見出しました。さらに脱リン酸化型コフィリンを過剰発現するとアクチンの代謝が下がって突起の成長も阻害されることを示し、突起末端に運ばれたATPがコフィリン活性を制御してアクチン代謝を維持することが突起発達に必要であることを証明しました(図3)。これらの結果から、発達中の神経回路において神経細胞は成長する突起にミトコンドリアを運搬して局所でATPを産生し、さらにクレアチンシャトルによってATP濃度を細胞全体で一定に保つ機構を備えていることが明らかになりました。またATPが枯渇するとコフィリン活性の制御によりアクチン代謝にブレーキを掛け、突起伸長によるATPの消費を抑えて細胞機能を維持する神経細胞の生存戦略が垣間見えました。

今後の展開

本研究により、複雑な形態をもつ脳神経細胞がエネルギー供給系を組み合せてATPレベルを維持するメカニズムが明らかになりました。また細胞内の急激なATP枯渇を防ぐため、ATP消費を抑制する負のフィードバック制御により細胞機能を維持する機構の存在が示唆されました。今後は酸欠や虚血でATP不足に陥った神経細胞がどのような補完機構を作動させるかを明らかにし、治療法への開発に繋げていきたいと考えています。

用語解説

ATP アデノシン3リン酸の略。核酸分子のアデノシンに高エネルギーリン酸結合で3分子のリン酸が結合しており、リン酸分子の切断に際しエネルギーを放出する。

ミトコンドリア 2重の脂質膜をもつ真核生物の細胞内小器官で、酸素呼吸の場となり、電子伝達系と酸化的リン酸化により細胞に必要なほとんどのATPを生産する。

酸素呼吸 炭水化物を酸素を利用して酸化し、二酸化炭素と水まで分解する過程でATPを産生する一連の代謝反応。

クレアチンシャトル ATPの高エネルギーリン酸結合はクレアチンキナーゼの働きで有機酸のクレアチンに置換されてクレアチンリン酸となる。クレアチンリン酸はエネルギーとしては消費されないため、貯蔵され、ATPが枯渇すると逆の反応でATPに再変換される。このしくみがスポーツなどに有効とされ、クレアチンが多数のサプリメントに含有され販売されている。

アクチン 球形の蛋白質が連なり繊維状構造を作る細胞骨格のひとつで、細胞のかたちを決定している。筋細胞の収縮や細胞分裂、細胞の移動を制御する。

コフィリン アクチン繊維の分解に関与するタンパク質。ATPの濃度で活性が変わる。コフィリンが正常に機能しないとアクチン繊維の分解とともに重合も抑制され、アクチン代謝が減速する。

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 図1:細胞の活動に必要なエネルギーの多くはミトコンドリアで生産される。ミトコンドリアはブドウ糖と酸素を水と二酸化炭素に変換する過程でATPエネルギーを産生する。神経細胞の複雑な突起でATPがどのように生産され、行き渡るのか、明らかでなかった。

 

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 図2:(A) プルキンエ細胞にミトコンドリアを標識する分子と赤色蛍光を発する分子を発現させ観察すると、複雑に伸びた突起全体にミトコンドリアが分布している様子がわかる(左)。顕微鏡観察像を3時間置きに撮影し、突起の成長を追跡すると、伸びて行く突起にミトコンドリアが運ばれる様子が観察される(右)。(B)正常な細胞では発達した突起全長にミトコンドリアが分布している(左)。ミトコンドリアの突起への輸送を止めると突起が成長できなくなる(右)。

 

 

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 図3:成長する神経突起では、近くまで運ばれたミトコンドリアが生産したATPエネルギーをクレアチンシャトルという機構でさらに末端まで運ぶ。このATPはコフィリン分子を制御して細胞骨格アクチンが突起を成長させる力に変換される。ATPが不足するとアクチン代謝が止まり、突起の成長でATPを消費させないようにする。

 

掲載情報

“Synergistic Action of Dendritic Mitochondria and Creatine Kinase Maintains ATP Homeostasis and Actin Dynamics in Growing Neuronal Dendrites” (参考訳:樹状突起ミトコンドリアの相乗作用とクレアチンキナーゼが成長するニューロン樹状突起内でATPレベルとアクチン代謝を維持することを解明)
Kansai Fukumitsu*, Kazuto Fujishima, Azumi Yoshimura, You Kure Wu, John Heuser, and Mineko Kengaku
The Journal of Neuroscience

doi: 10.1523/JNEUROSCI.4115-14.2015