神経突起の形成・伸展におけるRhoファミリー低分子量Gタンパク質の役割


 神経細胞は、神経突起(軸索・樹状突起)、シナプス形成、細胞運動といったダイナミックな形態変化を伴いながら、複雑な神経回路を形成する。RasやRhoを代表とするG蛋白質は、外部刺激に応答するシグナル伝達経路と細胞骨格/輸送等の制御系を結びつけるスイッチ分子であり、神経回路が形成され機能する様々な過程で、このG蛋白質がキー分子としてはたらいていることを多くの研究が指し示している。しかしながら、神経突起が何本形成されるのか、細胞体のどこから出芽するのか、といった根本的な問題が未だ解決されていない。これは、ひとえに生きた細胞でこれらの分子群の活性を検出する系が無かったからである。  そこで、我々は当研究室で開発されたFRETの原理に基づく分子プローブを用いて、神経突起の形成・伸展時におけるRhoファミリー低分子量G蛋白質の時空間的な活性の制御機構の解析を行った。以下にこれまで得られた結果についてまとめる。



神経突起伸展時におけるRac1とCdc42の時空間的活性イメージング(文献1)


 神経回路形成の過程のうち、まず、モデル細胞としてPC12細胞を用いて、神経突起の伸展制御の解析に取り組んだ。未分化のPC12細胞は、神経成長因子を加えることにより交感神経様に分化し、顕著な突起伸展を示す(図1)。



図1.神経成長因子によるPC12細胞の神経突起の伸展




この突起伸展については、RhoファミリーG蛋白質に属するRac1とCdc42がアクチン細胞骨格の再編成を介して正に制御していると一般に考えられている。しかしながら、その突起伸展の過程で、実際にRac1とCdc42がどこでどのように活性化されているかについては直接的な情報が存在しなかった。そこで、当研究室で開発されたFRET(fluorescence resonance energy transfer:蛍光共鳴エネルギー移動)の原理に基づくRac1とCdc42の活性モニター分子を用いて、神経突起伸展時におけるこれらの分子の活性制御を生きたPC12細胞で観察することを試みた。



その結果、神経成長因子の添加数分後に、細胞骨格の変化(ラメリポディア形成)に伴う全周性のRac1、Cdc42の活性化が観察された。しかしながら、この全周性の活性化は一過的で、刺激数十分後には突起の伸展部においてRac1とCdc42が局所的に活性化していることが分かった。これらの局所的な活性化は、成熟した神経突起や初代培養神経細胞の神経突起においても観察された。また、Rac1とCdc42の局所的な活性化が神経突起伸展に必要であることを示した(図2)。



図2.神経成長因子によるPC12細胞の神経突起の伸展





Rac1とCdc42の活性化因子としてVav2とVav3を同定(文献2)


Rac1とCdc42の活性が時空間的に精密に制御されることが神経突起伸展に必要であることが上述の結果より明らかになった。そこで、次にRac1とCdc42の活性を制御する分子を同定することを試みた。阻害薬や優位性劣勢変異体を用いた解析から、Rac1とCdc42の活性化はPI3-Kが必要であることが分かっていたので、RNAi を用いてPI3-Kによって活性が制御されるRac1とCdc42の上流因子の検討を行った。その結果、Vav2とVav3が神経成長因子刺激によるRac1とCdc42の活性化において必要であることが分かった。また神経成長因子によって誘導される神経突起伸展においてVav2とVav3が必須であることが明らかになった。さらに、神経突起の伸展部においてPI3-K、Vav2/Vav3、Rac1/Cdc42、アクチン細胞骨格の分子間でポジティブフィードバック機構が存在することが分かった。これらのポジティブフィードバック機構は、細胞性粘菌や好中球などの走化性などでも同様に見出されており、神経細胞も同じシグナル伝達モジュールを用いていることを示唆している結果を得ることができた(図3)。



図3.Vav2, Vav3によるRac1/Cdc42の活性化、及びポジティブフィードバックループ





フィードバックシステムを介した神経突起パターン形成機構(文献3)


 上記の結果から神経突起伸展過程におけるRac1とCdc42の活性制御機構が少しずつ明らかになってきた。しかしながら、統合的な理解には理論と実験が融合したシステムバイオロジー的な研究アプローチが必要である。そこで、神経成長因子シグナル伝達経路のモデル構築とコンピューターシミュレーションを行った。FRETイメージングと様々な阻害剤を組合せた実験結果を基に、GENESIS/Kinetikitプログラム上でシグナル伝達経路をモデル化し、シミュレーションによる解析を行った(図4)。



図4.GENESIS/Kinetikitソフトウェア





 その結果、Rac1/Cdc42の活性はPIP3に大きく依存すること、さらに神経成長因刺激によってPI(3,4,5)P3の脱リン酸化酵素が活性化されることが強く示唆された。次に、RNAi法を用いてPIP3の脱リン酸化酵素をノックダウンしたところ、PTENとSHIP2のノックダウンによって、神経成長因刺激におけるRac1とCdc42の活性化、及びPIP3の蓄積が著しく亢進すること、また神経突起の異常形成が観察された。シミュレーションによってRac1依存的なポジティブフィードバック、ネガティブフィードバックが存在することが予測され、それらを実験的に証明することができた。このことは、ポジティブフィードバック・ネガティブフィードバックによる自発的なパターン形成、すなわちチューリング波の形成条件の一つを満たしていた。そこで、チューリング波による周期的なパターン形成に重要な因子である活性化因子(Vav2)と不活性化因子(SHIP2、PTEN)の拡散速度の違いを蛍光イメージングで測定した。その結果、活性化因子が不活性化因子よりも拡散速度が遅いことが明らかになり、チューリング波によるパターン形成を支持することが分かった(図5)。



図5.フィードバックシステムを介した神経突起形成機構




  これらの結果は、細胞内シグナル伝達系に内包されたフィードバックシステムによる自律的な突起パターン形成モデル、という新たな神経突起形成モデルを提唱するだけでなく、細胞内シグナル伝達研究におけるシステムバイオロジーの有効性を十分示すものであった。



  1. Aoki K, Nakamura T, and Matsuda M.
    Spatio-temporal regulation of Rac1 and Cdc42 activity during nerve growth factor-induced neurite outgrowth in PC12 cells.
    J Biol Chem. 2004 Jan 2;279(1):713-9.
  2. Aoki K, Nakamura T, Fujikawa K, and Matsuda M.
    Local PIP3 Accumulation Recruits Vav2 and Vav3 to Activate Rac1/Cdc42 and Initiate Neurite Outgrowth in Nerve Growth Factor-stimulated PC12 Cells.
    Mol Biol Cell. 2005 May;16(5):2207-17.
  3. Aoki K, Nakamura T, Inoue T, Meyer T, and Matsuda M.
    An essential role for the SHIP2-dependent negative feedback loop in neuritogenesis of NGF-stimulated PC12 cells.
    J.Cell Biol. 2007 Jun 4;177(5):817-27

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