ショウジョウバエを用いて脂肪組織が発達する仕組みを解明 ―前駆細胞の遠距離移動と増殖を可視化し、制御遺伝子を同定―

  • 教授 上村 匡
2023/5/25
  • 細胞認識学

概要

成熟個体における脂肪組織 (adipose tissue) は全身の様々な場所に分布し、エネルギーの余剰分を貯蔵します。脂肪組織はまた、多臓器連環の要として動物の一生に渡って多様な全身性シグナル分子を分泌する重要な組織でもあります。しかし、脂肪組織の機能や病態に焦点を当てた研究に対して、脂肪組織が形成される発生過程そのものを出発点とするアプローチは未だに不十分です。ヒトを含む多くの動物種で、個体が成熟する時空間軸に沿ってどのような分化段階を経て成熟期型脂肪組織が形成されるのか、そして脂肪組織の前駆細胞の各段階での振る舞いを制御する遺伝子は何か、未解明の点は多く残されています。

京都大学大学院生命科学研究科 津山泰一 元特定助教、林優作 同大学院生、駒井英恵 同元大学院生、下野耕平 同元大学院生、上村匡 同教授の研究グループは、モデル生物ショウジョウバエを用いて成虫型脂組織 (adult fat body; AFB) の前駆細胞を可視化できる遺伝学的ツールを開発して、その組織形成に至る前駆細胞のダイナミクスを生体内イメージングにより明らかにしました。変態期初期に、胸部に由来する前駆細胞が腹部に侵入し、増殖しつつ方向を変えて遠距離を移動して、表皮あるいは体壁筋の内側に広く分布した後、互いに接着して AFB を形成する工程を捉えました。さらに、野生型の系統によっては、成虫のおよそ30%の個体が AFB の欠損あるいは部分的な欠損を示し、その形成に遺伝学的背景が影響することを示しました。実際、前駆細胞内において、GATA ファミリー転写調節因子 Serpent(Srp)やステロイドホルモン(エクジソン)シグナリングの働きが正常な AFB 形成に必要です。それらの働きが損なわれると、成虫の体内に脂肪組織はほとんど形成されません。今後、この AFB をモデル系として、前駆細胞での遺伝子型の違いが、脂肪組織の発達に及ぼす影響をより詳細に検証できることが期待されます。

本成果は、2023年5月18日に英国の国際学術誌「Development」にオンライン掲載されました。

研究プロジェクトについて

本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)「全ライフコースを対象とした個体の機能低下機構の解明」における研究開発課題「成長期の栄養履歴が後期ライフステージに与える機能低下のメカニズム」(研究代表者:上村匡、課題番号:JP18gm1110001)、及び日本学術振興会特別研究員奨励費(研究代表者:津山泰一、課題番号:08J05328;研究代表者:下野耕平、課題番号:10J06191)の支援を受けて行われました。

研究者のコメント

哺乳類の脂肪細胞の分化に関しては、主に細胞培養系を用いて、前駆細胞から脂肪細胞への分化を制御する多数の経路や因子が発見されています。しかし、それらが生体内で働くメカニズムには未解明の点が多く残されています。また、哺乳類において前駆細胞が脂肪組織を形成するに至る工程を生体内イメージングにより捉えた研究はほぼ皆無でした。そのため、中胚葉由来の前駆細胞が体内をどのように移動し、各場所で脂肪組織が形成されるのかは検証されていません。ショウジョウバエの脂肪組織は中性脂肪の蓄積そして分解を司る哺乳類の白色脂肪組織と共通点があります。また、成熟期型脂肪組織(ショウジョウバエでは成虫型脂肪組織)と幼若期型脂肪組織(幼虫型脂肪組織)が、別の細胞集団に由来することも、マウスとショウジョウバエとの脂肪組織の発生の類似性を示唆しています。従って、本研究の実験系を発展させれば、動物種を越えて共通する脂肪組織の発達に関する原理を発見できると期待されます。(上村匡)

論文タイトルと著者

  • タイトル

    Dynamic de novo adipose tissue development during metamorphosis in Drosophila melanogaster
    (キイロショウジョウバエの変態期におけるダイナミックな脂肪組織の新生)

  • 著者

    Taiichi Tsuyama, Yusaku Hayashi, Hanae Komai, Kohei Shimono, Tadashi Uemura

  • 掲載誌

    Development

研究者情報

研究者
所属研究室 細胞認識学
研究室サイト https://www.cellpattern.lif.kyoto-u.ac.jp/